大判例

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広島地方裁判所 昭和50年(行ウ)9号 判決

原告

宮本寅三

右訴訟代理人

原田香留夫

被告

奥原義人

右訴訟代理人

鍵尾豪雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告が呉市長であり、原告が呉市の住民であることは当事者間に争いがない。

次に〈証拠〉を総合すると、訴外住本軍一は昭和四六年四月二五日執行の呉市議会議員選挙に立候補したが、即日開票の結果最下位当選者とされた訴外三上富夫と二票差で落選になつたこと、ところが異議申立がされた結果呉市選挙管理委員会は、同年五月一四日三上の当選を無効とする決定をし、従つて住本が当選になることになつたところ、三上はその決定を不服として審査請求をしたが、広島県選挙管理委員会は同年八月九日審査申立を棄却したこと、そこで三上はこれを不服として出訴(広島高等裁判所昭和四六年(行ケ)第一号、同年(行タ)第四号当選無効裁決取消請求事件)したが、請求棄却となり、これに対し上告があつたが、最高裁判所は昭和四七年七月一四日上告を棄却したことその結果呉市選挙会は同月二〇日住本を当選人とする更正決定をし、そこで住本は呉市議会議員としての地位を取得するに至つたこと、ところが住本は昭和四六年四月二五日から昭和四七年七月二〇日まで議員の地位を取得できなかつたのは開票管理者であつた訴外山下郡次郎が過失により得票帰属の決定を誤つたことによるものであるとして、昭和四六年五月から昭和四七年六月までに受け得べき議員報酬及び諸手当相当額二五八万三、三二〇円と慰藉料三〇〇万円を支払うよう、昭和四八年三月二日に呉市及び呉市選挙管理委員会を被告として損害賠償請求訴訟(広島地方裁判所呉支部昭和四八年(ワ)第二六号)を提起したこと(もつとも後に呉市選挙管理委員会に対する訴は取下げられた)、その訴訟において第一二回口頭弁論期日(昭和四九年一二月一六日)には裁判長から和解の勧告があり、当事者双方で和解案を考慮することになつたこと、そして第一三回口頭弁論期日(昭和五〇年一月二七日)には住本は最低二〇〇万円程度の支払を要求し、呉市は一三〇万円程度の支払であれば応ずる旨主張し、裁判所からは呉市に対し一七〇万円支払うことにしてはどうかと勧められもしたが、結局呉市議会の議決があることを条件として呉市が住本に対し一五〇万円を支払うことで和解案がまとまり、その後呉市議会は昭和五〇年三月一四日右訴訟事件について、「(1)呉市は住本に対し一五〇万円を支払う。(2)和解成立後住本は呉市に対して本件に関しいかなる請求も行なわないものとする。」との要旨で訴訟上の和解をすることを議決し、ついで第一四回口頭弁論期日(昭和五〇年四月二日)に呉市は住本に対し議員報酬並びに諸手当相当の損害金として一五〇万円支払い、住本はその余の議員報酬、諸手当相当損害金及び慰藉料の請求権を放棄し、本件に関しその他一切の請求を行なわない旨の本件和解が成立し、この和解に基き被告は呉市長として住本に対し一五〇万円を支払つたことが認められる(但し請求原因(二)、(三)の事実の限度では当事者間は争いがない)。

二ところで本件和解については呉市議会の議決がされているが(この点当事者間に争いがない)、地方公共団体の長その他の職員による公金の支出については、その団体の議会の議決に基くことを要する外、法令または条例の規定に従つて行なわれるべきであるから、かりに公金の支出が法令または条例に違反した無効のものであれば議会の議決があつたにしてもその違法が治癒され、支出が適法とされる理由はなく、従つて本件和解に基く公金の支出についても議会の議決があつたことの一事をもつて、その支出が適法であるとすることはできない。もつとも議会の議決によつて地方公共団体の意思が決定される場合、その議決が執行機関に一定の権限を与えるにとどまるものであればともかく、そうでない限り執行機関としては、その議決が法令または条例に違反しない限り、その議決どおり執行する義務を負うものというべきである。例えば歳出予算に関する議決であれば、それは一会計年度において予算の定める金額の範囲内における支出の権限を認めることを示すものであるから、執行機関としては原則として議決された予算の範囲内である費用を支出するか否かの点、支出することにした場合の支出額をその裁量によつて決し得ることになり、その場合議決の適否とは別個に支出そのものが法令に違反することになる場合があり得ることになるが、和解に関する議決のように個々に具体的な事項が決定される場合には議決により和解の内容について地方公共団体の意思が具体的に決定されることになるのであるから、執行機関としては、その和解に関する議決が違法なものでない限りその後に至つて和解をするか否か、和解するとしてその内容をいかにするかについて全く裁量の余地がなく、議決の内容そのままを執行する義務を負うものと解すべきである。

これを本件についていえば、住本の呉市に対する前記損害賠償請求訴訟について和解することを定めた呉市議会の議決が適法である限り、呉市長としてはその議決に従つて和解した限りにおいて違法の責を免がれることになる。

三そこで右訴訟について和解することを定めた呉市議会の議決の適否について検討する。

(一)  原告主張の違法事由1について

(1)  まず原告は、本件選挙において開票管理者がなした投票の効力の判定は適法であつたこと、かりに違法であつたとしても開票管理者に過失がなかつたことをもつて、本件和解は違法である旨主張しているが、そうしたことは執行機関が和解するか否かの裁量をもつている場合にはじめて問題となり得ることであつて、和解に関する議会の議決を違法とする事由にはならない。すなわち前記訴訟は、開票管理者の過失に基く違法行為を理由として損害賠償を求めた訴訟であるから、法令上も訴訟の性質上も和解によつて終了させることのできない訴訟ではないし、そうした訴訟においては、もし判決に至れば当事者の一方が全面勝訴することが明らかな場合であつても当事者間に争いがある限り和解し得ることはいうまでもないところ、前記認定のとおり議会による和解の議決当時は呉市と住本との間に争いがあつたのであるから、たとえ開票管理者に過失ある違法行為がなかつたとしてもそのことは何ら和解することの妨げになるものではない。従つて原告の主張は採用できない。

(2)  なお開票管理者の行為の適否、過失の有無と本件和解との関係についても一通り検討する。

まず〈証拠〉によると本件選挙において即日開票の結果一旦最下位当選者は三上富夫となり住本が二票差で落選となつたのは、開票管理者であつた山下郡次郎が別紙目録一ないし八の投票をいずれも無効票と決定したことによるものであつたこと、本件選挙の立候補者には住本の外住吉義男らがいたが、杉本なる姓の候補者はいなかつたことが認められる。

ところで一般に投票の効力を判定するに当つては、投票が公職選挙法六八条に該当するものでない限り選挙人の意思が明白であればなるべく有効とみるべきであり、また特段の事情のない限り選挙人は一人の候補者に対して投票する意思をもつてその氏名を記載するものと解するのが相当であるから、このような見解に立つて検討するのに、別紙目録一ないし五の投票は、候補者住本軍一の氏名とうち三字までが合致しており、他に候補者住吉義男がいても全体として住本の氏名に近いものといえるから、住本に投票する意思で氏のうちの一字を書き誤つたものと認めるのが相当であり、また別紙目録六、七の投票は、いずれも住本の氏名のうち氏の第一字を除く三文字までが合致し、第一字目に記載されていると認められる「杉」と住本の「住」とは訓読した場合発音が類似していること、他に杉本なる候補がいなかつたことからして、これらの投票も住本に投票する意思で記載されたものと認められるし、さらに別紙目録八の投票にしてもその記載は著しく拙劣幼稚ではあるが筆跡運筆からして「すミもト」と判読できるから、結局別紙目録一ないし八の投票は、いずれも住本に対する有効投票と解すべきであり(〈証拠〉によると三上が提起した当選無効裁決取消請求事件の判決においても同旨の判断がされていることが認められる)、従つて右各投票についての開票管理者山下郡次郎の判定は違法であつたという外ない。

そこで開票管理者の過失の有無について考えるのに、〈証拠〉によると、住本の提起した前記損害賠償請求訴訟(広島地方裁判所呉支部昭和四八年(ワ)第二六号)において、呉市は開票管理者が得票帰属の決定を誤つたことに過失はなかつた旨主張して争つていたが、同訴訟において証人として出廷した開票管理者山下郡次郎が「住本に対する投票のうち有効か無効かまぎらわしい票が出たが、疑問票の審査に当つた議員が他の候補者の氏名との混記だから無効であるとの意見を述べ、立会人も同様の意見を述べたため自分は無効と決定したが、当時投票の効力の判定に参考とされるべき最高裁判所の判決を知らなかつた。自分のした決定は後に呉市選挙管理委員会で変更されたが、自分としても当初の決定は誤りであつたと思うし開票の際判例を傍に置いておくか、判例、選挙実例に詳しい職員に補助させるかすれば誤りは防げたと思う。」旨証言したため、呉市としても果たして開票管理者に過失がなかつたといい得るかについて疑問を抱き、従前の呉市の主張を維持することに自信を失つていたところ、裁判所から和解の勧告があつたため、議会の議決を経て本件和解をするに至つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

しかして山下郡次郎の右証言内容からすると、得票帰属の決定の誤りについて開票管理者に過失がなかつたものとは断定し難い。

従つて呉市が開票管理者に過失がなかつたとすることに疑問を抱き本件和解をするに至つたのももつともであるということができる。

(二)  原告主張の違法事由2ないし4について

(1)  原告の主張は、要するにもともと住本は呉市に対し損害賠償請求権を有していないし、かりに有していたとしても本件和解で住本に支払うこととした一五〇万円の和解金は過大であるから違法であるとするもののようである。

ところで住本の提起した前記損害賠償請求訴訟は、議員報酬、諸手当そのものではなく、それに相当とする損害を受けたとし、これに加えて慰藉料の支払を求める訴訟であるが、このような損害賠償請求訴訟においては、被告が原告に対し互譲によつていくらの金額を支払うことで和解するかは当事者が自主的に定め得ることで、そのことについて法令上の制限はないから、呉市が住本に対し一五〇万円支払うことで和解することを定めた議決をもつて違法とする余地はない。しかして議会の議決において和解の内容が定められた以上、執行機関においてこれを変更する権限はないというべきであるから、右議決に基いてされた本件和解が違法とされるいわれはない。

(2)  なお、原告は、本件和解は住本が議員の地位を取得するまで報酬及び期末手当以外の手当を受け得たことを前提としている旨主張しているが、議員はその地位にある限り、議員としての職務活動の有無にかかわらず、報酬を受け得るものであるところ、住本は本件選挙において開票管理者の得票帰属の決定に誤りがなかつたとすれば、開票のあつた昭和四六年四月二五日の時点で当選人となり、直ちにその旨の告示がされることにより呉市議会の議員としての地位を取得し(公職選挙法九五条、一〇一条、一〇二条参照)そのとき以降現実に議員としての地位を取得した時期まで議員に支給される報酬を受け得るはずであつたから、現実に議員としての地位を取得するまでの間議員報酬相当額の損害を受けたものということができ、したがつてそのことを前提として和解することに何ら支障はないし、他方本件和解が議員において期末手当以外の手当を受け得ることを前提としたものと認めるに足る証拠はない。むしろ、〈証拠〉によると、住本が昭和四六年四月二五日の開票後直ちに呉市議会議員の地位を取得していたとすれば、同人が現実に議員としての地位を取得するまでの間の同人の得べかりし報酬及び期末手当の額(昭和四六年五月分から昭和四七年六月分まで)は、報酬額が一七一万一、〇〇〇円、期末手当の額が八七万二、三二〇円、合計二五八万三、三二〇円であり、住本の前記訴訟において請求した得べかりし報酬及び諸手当相当の損害額と同一であることが認められるから、本件和解が住本において期末手当以外の手当を受け得たことを前提としたものということはできない。

また原告の主張する違法事由3は、独自の見解であつて呉市に損害賠償義務があることを否定する理由にはならない。

次に和解金額の多寡については、執行機関において議会の議決を離れてこれを定める権限のないことはさきに述べたとおりであるが、住本が議員の地位を取得するまでに得べかりし報酬及び期末手当相当額は、住本の前記訴訟における請求額と一致しているし、また三上が自己の当選無効を争つたために住本が議員の地位を取得するのに長期間要したとしても、呉市において住本に対し損害賠償責任があるとすれば、その責任が減免されるいわれはない。

三以上の説示によると、呉市が住本との間の損害賠償請求事件において、市議会の議決に基き住本に対し議員報酬及び諸手当相当の損害金一五〇万円を支払つて一切を解決することを内容とした本件和解をしたことには何ら違法はなく、従つて被告が呉市長として本件和解に基き住本に対し一五〇万円支払つたことは適法であるということができる。

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(森川憲明 谷岡武敎 山口幸雄)

〈別紙目録、省略〉

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